TRUNK DIARY -ナナメカラタカラヅカ-

宝塚見て早半人生。まだまだ未知の世界すぎて幸せ。

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月組新人公演「スカーレット・ピンパーネル」珠城くんの研3の雄姿とタカラヅカと私。

ところで私は「この人の売りは一体何だろう」と考えることがある。


歌?上手いか下手かは耳の感覚で覚える。

ダンス?キレがあるかないかはなんとなくわかる。習った経験はない。

芝居?これも感覚で感情の起伏で判断する。

私ほど宝塚歌劇団のような、歌ありダンスあり芝居ありの劇団を
語ったりその人の実力についてあーだこーだいうことに不向きな人間は
いないだろうと時々思う。いや、結構常に思っている。

なので、芝居もショーも見るときも第六感、「感覚」だ。
楽しいか楽しくないか。面白いかつまらないか。斬新で新鮮か、平凡で退屈か。
そんなんだから私の文章はいまいち立体感がないし説得力もないのだろう。

こういう人間は役替わりとか再演を見るなんてほんっと向いていない。
ストーリーはわかっているのだから面白いかつまらないかはだいたいわかる。
自分好みかそうではないかは初演でもうわかっている。
演出とか、真ん中に立つ演者でだいぶ変わると思っていても
「根本的に好きか嫌いか」は意外とブレないものだと思う。

役替わりとか、再演ものは私にとってはあまり意味のないものかもしれない。

「初演」が大好評で「再演」する。
「今の〇組」で「役替わり」で「再演」する。

演者が変わる。演出がその真ん中に合った演出に変わる。
タカラヅカの醍醐味だ、だけれどそれを理解するのにいろいろ時間がかかる。

そういう意味で私にとっては「新人公演」はどうなのか?

答えは簡単、「楽しみ」のひとことだ。

再演とも、役替わりとも違う。いや、外部から見れば「役替わり」と何が
違うのかと思われるかもしれないけど、まったく違うものだ。
普段毎日やっている公演を、演者が変わって「たった一回のチャンス」に賭ける若手。
スターの階段を駆け上がり花咲く者もいれば、そのチャンスに涙をのむ者もいる。

例えばどうだろう、月組「スカーレット・ピンパーネル」。

私は星組の「スカピン」初演が大好きなのはこのブログを
ちょっと読んでくださっている人にはモロバレだと思う。
安蘭さんが好きで、あすかちゃんが好きで、ショーヴラン柚希礼音は神だ。
お話もわかりやすくて歌もとても好み。衣装も派手で見てて楽しいし、
最後のオチもとうあすコンビの魅力も引き出されてて同じ小池さんの作品では
エリザベート」より好きかも。

実は基本「OGは追いかけない」「タカラヅカの演目を外部でやってもさほど
興味を持ったことがない」な私でも今日発表されたとうこさんがマルグリットをやる
外部「スカピン」はぜひ見たいと思っている。

それほど星組初演「スカピン」を愛している私が、星組新公「スカピン」(紅氏主演)は
びっくり、見たことがない。自分でも時々この事実にびっくりする。
え?私見てないの?です。そうです、あくるさんはちょっとアホなのだ。

そこで今回私が見たのは月組新公「スカピン」。
ちなみに月組「スカピン」はショーヴラン明日海ver.と龍ver.を一回見たきりという
スキル。びっくりだろ。自分でもびっくりだぜ。
そうだ、あくるさんはちょっとアホなのだ。

ということで比較材料は初演星「スカピン」。それは過酷すぎるだろ、と
思われる方も多いと思う。うん、私もそう思うよ。

なので、こういうことにした。

比較しない。

ただ、これだけは覚えておこうと思う。

主演の珠城りょうは、研3だ。(あたりまえだが舞台を踏んで三年目。この解説、あほか。)

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とにかく真面目で落ち着いてて
「いつもその一定のテンションでいられるにはどうしたらいいのか?」と
真面目に歌劇の短波長波に投稿したい気持ちになる珠城りょうさん。
珠城くんのことだからそんな質問にさえも真面目に答えてくれるだろう。

この新公を見た結果、私は彼の舞台を「誠実」ととらえることにした。

ときどき落ち着きすぎてつまらないという意見も見かけるんだけど、
それはそれで彼の持ち味なんだとこの5年前の映像を見て納得した。
テンションが「落ち着いている」ので、舞台を「楽しんでいる」ように見えない。
「楽しんでいる」=「テンションが高い」「ノリがいい」「明るい」「声が弾む」
「気持ちが高ぶっている」と思ってみているとそれは違うんだと珠城くんの舞台を
見ていると実感する。

彼は舞台を「楽しんでいる」し、「興奮している」し、「感情も高ぶっている」のだろう。
それをまっすぐ表現する人なのかそれが違うのか、なのもしれない。

テンションが高い人が真ん中にいると明るい舞台になるといえばそうでもない。
低血圧な見える人が落ち着いているかというとただ眠いだけなのかもしれない。

それと一緒で、珠城くんが研3にしてこの演技をされると、

「なんだ研3なのにつまらない演技をするなぁ」
「もっとはつらつとした若々しいみずみずしい舞台を見たいなぁ」

ととらえる人と、

「研3なのにこの落ち着きっぷりはなんなんだ」
「このテンション、安心して見ていられる。月組の将来は明るい」

ととらえる人もいるだろう。

どちらが正解、不正解ではない。これは単純に好みの問題だし
実際最後の挨拶の珠城くんは、若い。

正直グラパンの演技のメリハリの付け方はとうこさんやきりやんと比べるのは酷。
紅氏は私が見てないから判断不能なのでどうかわからないけれど、
やっぱり「・・・研3だもんな。」という「仕方ない判定」になってしまう・・・

し、

軽妙なギャグがほしいところもスベって・・・まあ、時代が時代だしな。
珠城くんめっちゃ頑張ってるよ!!!とここまでくると応援したくなる頑張りだ。

でも、ここでの私の「仕方ない判定」「応援したくなる頑張り」の表現が
絶対にマイナスではないことを、声を大にしていいたいと思います。
この表現はあえての珠城くんの無限ののびしろと解釈してほしい。

そういう表現もあっての「舞台に対しての誠実さ」。

「私は研3」「足りないところも暖かく見守ってほしい」とか、

タカラヅカでは通用しないぞコラ!!!
初舞台何年だろうが真ん中立てって言われたらちゃんと立て!!!

・・・と思うタイプの私(=鬼)、珠城くんのこの舞台の「誠実さ」は
かなり満足のいく新公だ。例えグラパンのアドリブが甘くても
ギャグがすべっても、それも舞台の一部だけれど一生懸命やる。
一生懸命やれば許される唯一の場所が新公なら、そんな新公はありだ。
(本公演でその「一生懸命だからいいでしょ」クオリティはちょっと考える時間をくれ。)

珠城くんの研3の雄姿は見ごたえがあった。
そして、この時期にこの新公を見れた私はラッキーだった。
だって、これからの珠城くんが一層楽しみになれたのだから。

真面目で、いうこともなんでも正論で話にオチがなくてすごろくで運がないところを
ことごとく見せられても、
実際舞台に立つと誰もが認める役者珠城りょうになっていくであろう珠城くん。

ホセも楽しみにしています。(チケットないけど)。

ところで、そんな私が一番「ホーーーーーッッ」と思ったところは
まんちゅーのキスシーンと(安定の)ちなつさんと珠城くんが

お前ら仲良すぎかよっっ!!!!!!

とも思う会話を交わす銀橋だったりでもあります。
いやー・・・舞台を降りているときの萌えを舞台に引きづるのは
どうかと思いますが、たまちなはダメっすねー・・・。

引きづりますねー・・・。

っていうかたまちなに限らず結構

「グラフや歌劇で綴られるタカラジェンヌのオフの風景」

を引きづる傾向にあるあくるさんは、
やっぱり宝塚しか見る劇団がないのかもしれない。

幸せなひとですね。そうですねー・・・(天を仰ぎながら)