TRUNK DIARY -ナナメカラタカラヅカ-

宝塚見て早半人生。まだまだ未知の世界すぎて幸せ。

一番似合う姿は緑の袴だった。タカラヅカファンの宝物、柚希礼音卒業。

「ちえ、卒業したんやね」

「しちゃったねー」

「なんか青春思いだすわー」



突然、もう5年も会っていない友人からの電話だった。

私をこの沼に引きずりこんだ張本人からの突然の連絡。

彼女は今、二児の母親として大阪で奮闘している。


「ちえの正装、私たちが見ていた頃はダルマやったのにねえー」

「ちゃんと緑の袴やで。1万2千人やて」


おどけながらも、彼女の声は震えていた。

私は、今や「レジェンド」と呼ばれているタカラジェンヌを堂々と「ちえ」と

呼ぶ彼女に動揺しながら、私たちが行っていたころの「ちえ」、

「柚希礼音」というタカラジェンヌの不安定さに星組のこれからを思い

「アビヤント」観劇の帰りに電車の中でサンドイッチを食べながら


「ちえ、心配だよ」「とうこさんいなくなったらどうなるのよ」

「宝塚終わるんじゃないの」


・・・と、今考えるととんでもない会話をしていた。

今ならあの頃の自分を殴って「レジェンドだよバカ!」と怒鳴りつけるところである。



2015年5月10日、柚希礼音退団。



彼女のタカラジェンヌ人生は順風満帆とは程遠い。

いや、人事とか劇団の方針とかには悩みはなかったのかもしれない。

劇団からはここ数十年でも愛された、そう言う意味ではスターだったと思う。

この数十年で、実力がありながらも寸前でトップになれなかった人もいたし

相次ぐ組替えにハラハラして、いつトップになれるの、もしかして辞めちゃうの?と

心おだやかに過ごせなかったトップファンもいたと思う。


そういう意味では、柚希礼音は星組で「すくすく」と成長し、

「なんの問題もなく」新公主演を続けて、「さらっと」トップになったイメージである。

劇団からはなにも苦難を与えられたイメージはない。


私が個人的に思うのは、柚希礼音の敵というと言葉が悪いけれど、

足かせになっていたのは「自分への劣等感」と「宝塚ファンからの認知」だと思う。


私はちょっと前にも記事にしたけど、「自分への劣等感」は星組先代の安蘭けいさん、

とうこさんの力により本当にすごかった。

実力も桁違いで、とうこさんと並ぶと柚希礼音なんて研1のひよこだった。

今では想像はつかないけど、「とうこさん、とうこさん」「とうこさん辞めないでー」と

わんわんと泣く子供のような次期トップスター。自分より年上だし、

とりわけダンスの力はすごいと思っていたけど、私も学生ながら


「この人次やっていけるんだろうか・・・」と


一抹の不安だけはあったことは、白状しよう。

「アビヤント」で爆泣きしたあと、友人と地元につくまでこんこんと

星組のこれからについて話し合い、泣き、不安を吐露して家路についたことは今も思い出す。


劇団からの愛はすごいのに、イマイチタカラヅカファンが不安に思うジェンヌ。

それが柚希礼音の船出だったと思う。


それが今はすごいことになっている。

地上波のニュースになり、日比谷に1万2千人、さいたまスーパーアリーナ中継。

海を越えて台湾でも流される。


今となってはすべてが「杞憂」でした、とちえさんに謝りたい。


大阪の大きくなりすぎたバレエダンサーで、本人もよくいっていた

「宝塚ファン時代もなく」、受験会場でのちの86期緒月遠麻が

ちえさんを見て「とんでもない人がいる」と思わせたストレッチ。

「すごいダンサーが入ってきた!」と試験官を騒然とさせた。

ベルリン公演で博物館の展示品を壊してしまいみんなを青くさせた。

とりあえず、よく食べる。

そして、


稽古の鬼。


タカラヅカファンではなかったタカラジェンヌはいい意味でも悪い意味でも厄介である。

「これが宝塚なんだ」とちょっと「異世界」の宝塚の世界で染まれる人はいい。

けれど、「この世界では生きていけない・・・」と思う人もいて、結局そのままやめてしまう

もったいない人もいるのも事実。


ちえさんの持ち前の天真爛漫な性格と、素直な感性、教えられたことは

スポンジのように吸い込む実力。「異世界」の宝塚だったはずなのに、

「へー、宝塚ってそういうところなんだ。だったらそうすればいいんだ」と素直に

昨日まで進んできた結果が、タカラヅカファンを魅了して「レジェンド」となった結果なんだろうなあ。


素直な性格すぎて、自分の気持ちのまま進んできた。

「誤魔化す」「自分を作る」「自分を飾る」ことができない、「バカ正直」なちえさん。

でも、それが魅力的でストイックな姿勢を貫き、特にトップになってからの

「自覚」はすごかったと思う。


「私はタカラジェンヌなんだ。しっかりしなくちゃ」


そう思って空回りしてしまう人が大半なところだと思うのに、

いい意味で柚希礼音は気負わなかったのがすごい。だから、トップになってからの

「トップの自覚」は眩しいほどだった。


「それでこそ星組トップスター」

「さすが柚希礼音」


素直に人のいうことを聞いてきたからこそ、それを吸収し努力を惜しまず、

前しか向いてこなかったからこそ「さすが柚希礼音」になったのではなかろうか。


「どこに出ても「元宝塚歌劇団」と名乗ってください。」


そうお願いしたいくらいのちえさんです。


柚希さんが「元宝塚」といったら宝塚のイメージが変わるかもしれない。

一般的な意見として、偏見に満ちた宝塚の見方がかわるかもしれない。

いい意味で「宝塚ってすごいね」と思わせる力が柚希礼音はある。

マイナスをプラスに変える力が、柚希礼音にはある。


そして、いつも優しい微笑みで客席を見続ける柚希礼音。

トップ在籍6年、誰も「長いな」とは思わなかったのではないだろうか。

「飽きた」「やりすぎ」この発展しすぎたネット社会、無責任な発言が許されるSNS社会で

マイナス会話をあまり聞いたことがないのは、私のアンテナが低いのだろうか。


そうわれても仕方ない「6年」という年月の重みを、全部「プラス」にした柚希礼音は

100年に1度の逸材、そう思うのは柚希礼音を愛しすぎてしまったのだろうか。


でも、愛さずにはいられない。それが、星組トップスター柚希礼音だった。


星組という基盤を壊さず、新しいことに貪欲に挑戦し続け、

「宝塚めっちゃ好き」と照れもなくゆっくりとした関西弁でとろとろと話す姿は、

公演中の勇ましい柚希礼音とは思えない、「ちえちゃん」だった。


宝塚を全然知らなかったのに、ひとり飛び込んで嫌なことだっていっぱいあったはずなのに、

最終的に「宝塚めっちゃ好き」といってくれるちえさんが大好きでした。


安蘭さんがおっしゃってた、「ちえは私の誇りです」は、タカラヅカファンと、

タカラジェンヌ全員が同意できる言葉になった。


ちえさんは、タカラヅカファンの誇りです。


柚希礼音さん、ご卒業おめでとうございます。

私はあなたの最初から最後までの宝塚人生をリアルタイムで

見ることができて、幸せでした。



2015年5月10日。


柚希礼音さん、いつも夢を見させてくれてありがとう。

「柚希礼音の正装はダルマ」だったのに、最後「緑の袴がパジャマ」くらいに

思わせてくれた正装に身を包んだ柚希礼音は、



最後までスーパースター、「レジェンド」柚希礼音でした。