TRUNK DIARY -ナナメカラタカラヅカ-

宝塚見て早半人生。まだまだ未知の世界すぎて幸せ。

2014年7月14日、壮一帆大劇場卒業。

雪組壮一帆が現れた瞬間、太陽が顔を出した。

白い松風に乗り、「壮」の兜をかぶった壮一帆は私が見てきた中で

1番キラキラしている壮一帆だった。

紛れもなく、宝塚のトップスターだった。


そして、大劇場公演が終わる。


清々しいほど、潔く、はっきりとした笑顔で彼はステージに立っていた。

最後の緞帳が降りる瞬間に、見たことがない壮一帆がいたらどうする?という

心配は杞憂に終わった。


壮一帆がそんなことをするはずはないのに。



「ちょっと、話を聞いてください」。

爆笑に包まれて、暖かかった客席。劇場にいる観客はもちろん、
壮一帆マジックにかかっていた。泣きながらも、笑いが交わる千秋楽。

これが、壮一帆の1年3ヶ月で作り上げた雪組の姿。

「目に曇りのない」雪組子に、「目に曇りのない」ファン。

サヨナラショーは、すべてトップ時代の曲だった。
その選曲にも、きっと迷いがなかったのだな、と歌う壮一帆の表情で勝手に解釈した。
壮一帆によく似合う水色のスパン衣装に、客席が一体となってペンライトを
降った「CHANGE」。はにかむ壮一帆に、笑顔で応える雪組生。

壮一帆の最後の伝達であろう、絶対に泣かないこと、それを守る雪組生。

みんな、眩しいほどの笑顔だった。
思わず、笑みがこぼれて楽しくて、これ、サヨナラショーだよね、と誰かに確認したくなるほどの
明るいステージに、明るい客席。

涙は止めどなく流れるけれど、泣きながらも笑顔でステージを観れた。

私が初めて舞台写真を買った、壮一帆の笑顔は変わらない。
10数年前の、あの写真のままの美しくて、まぶしい横顔は変わらないのに
それに加えての、力。パワー。精神面。

どれだけ横道にそれても、回り道になっても決して後ろは振り返らなかった。
前だけを見て、進む壮一帆はかっこよくてありきたりな表現だけど、
男役を極めた姿には迷いや悔しさはなかったように感じた。

この日を迎えるまで、初舞台から現在まで迷いや苦しみ、悔しさの連続だっただろう。
私なんかが語れるほどじゃないイバラの道だっただろう。

きっと、裸足でバラのトゲを踏んで、でも絆創膏さえ張っている暇もなかったであろう。

私など、うずくまって泣いてしまうような悔しさや痛さに、
壮一帆は何回もぶつかって立ち上がってきたのであろう。

迷いのないフェルゼンの楽曲に、未涼亜希の歌声が響く「愛の棺」で踊る、
トップスター2人は美しくて愛に溢れていた。

本当に好きだった。

えりあゆというトップコンビが。

雪組が。

すべてが。

なにもかもが、浄化され、緞帳の前に現れた壮一帆と愛加あゆは
誰も文句の言えない最高のトップコンビである。

「一点の曇りもない目に」。

プレお披露目の挨拶でそう言った壮一帆は、本当に有言実行した。



私たちは、忘れない。
あなたがいた、雪組を。
私たちに、「曇りのない」世界を教えてくれた、壮一帆というトップスターは、
宝塚の歴史に名前を刻む。

しかし、私たちも後ろを振り返らない。

それは、雪組ジャイアン壮一帆が、許してくれないから。


困難やつらい思い出ばかりじゃ、人生はやっていけない。
前を見て、イバラの道でも歩み続ければ、きっときれいな道に出る。

花が咲いていて、緑があって、裸足でも歩ける、素晴らしい光景が待っている。

それを教えてくれた壮一帆



忘れられるわけないじゃないか。

あなたのような、素晴らしい人間を。



壮一帆さま



大劇場ご卒業、おめでとうございます。


あなたに会えて、本当によかった。